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生意気ですが・・・・。
2011-03-14
3月14日     晴れ
本来であれば、今日はホワイトデー。オフィスは義理チョコのお返しに盛り上がり、ランチタイムは上司がOLさんたちを連れてご馳走。街は恋人達で溢れ、レストランも盛り上がる予定・・・・のはずでした。
お菓子屋さんも大打撃。レストランというか、うちのお店に限れば、もうお店を営業しているムードではない。といったほうがいいくらいでありました。ランチもディナーもすべてご予約はキャンセル。当然ですね。
それでもお店を開けなければならないなんて・・・・・・。
昨日、そして今朝突然の計画停電の予定はほとんどくるい。突然の計画?の中には世田谷区もはいっていましたし、それはそれはわざわざ出かけての食事どころではありません。
が、しかし、この計画停電。今日はこの無計画にたくさんの方々が翻弄された一日となってしまいました。
たくさんの方々の自主的な節電によって、電力が足りたとか、足らないとか。結果的には停電しなくてホッとしたなんていっても、その準備をしてきた周りは大打撃。通勤などに電車を使う方々がどれだけ大変な思いをしたか。結果これが延期となるのであれば、それはそれは倍の労力を使わなければならないというたくさんの無駄遣いをしたことになります。大型スーパーやデパートもお店を予定通り閉めて、停電を待てば停電はなし。僕らはいったいどうしていいかわかりませんでしたね。
計画停電は仕方ないどころか当然必要なことだと実感しております。ただ、一度発表した計画、電力が足りたからではなく、実行してしまったほうがよかったのでは?そんな気がしました。被災地が大変なことはみんな理解し、何とかしてその役に立ちたいと思っている人がほとんどだと思います。が、目の前には自分たちはそれでも働き、暮らしていかなければならないという現実もあり、その狭間で闘っております。国民がどうしていいかわからなくなるような行動だけはやめていただきたいものです。

そんな中、世界中がこの日本と日本人を<驚異>というかその冷静さに注目を集めているようです。不屈の日本であり、民度の高い民族。淡々と解決へと向っている・・・・などなど。そしてたくさんの国の方々が応援してくださり、とても嬉しいことであります。
その反面。都内のスーパーは物流の崩壊と重なって、保存食などの買占め。ミネラルウオーターはどこへ行っても見当たりませんし、トイレットペーパーにパン、お米、牛乳に保存食。すべてが東京から消えてなくなろうとしています。ちょっと戸惑ったりビックリしたり・・・・。各々の買い物が大きなシェアーを占める小さな街場の個店はビックリであります。今日もトイレットペーパーを買いに行ってもどこにも見つからず、ものすごい時間をかけてようやく見つけることができ、これで、数日は何とかなりそう。なんて感じです。自宅のお米が無かったのですが、これは探すことができませんでした。
明日からの連休はお米抜きで過ごすことになりました。想定外でありました。それどころかお店の釜めしも心配になってきました。予測を怠りました。

今まで経験の無いような被災を受けてしまったものですから、今まで以上に迅速にその救援活動を進めても前に進まないとても難しい状況のはずです。
その中で、こうした<しなくていい事>があるのではないか?なんていう疑問が矛盾へと変わります。
我々一般人が見ればそれはそれは矛盾だらけですよね。節電だって、一生懸命企業や国民がおこなっているのに、何でテレビ局はあんな無駄遣いしているのだろう?なんて、昨日あたりから感じておりました。報道の統一化をして、たくさんの無駄を省けるのでは?
キャスターが現地に行って、大変な状況を協調していますが、僕にいわせれば、<手ぶらかよ!>みたいな。仕事で給料をもらって現地にいける絶好の恵まれた人たちが、手ぶらで現地に行くなんて。なんて思ってしまいました。だって、物資搬送を含めた救援部隊以外で現地へと高速を使っていけるのはマスコミだけなんですよね。現地から物資が足りません。なんて叫ぶ前に少しでも役立つものを一緒に運んでもらいたいものです。
すみません。ずっと思っていたことですが、マスコミがあまりにも情けないあら捜しに奔走していることがなんとも耐え切れず、ここで書くつもりなかった愚痴をこぼしてしまいました。当然個人では難しい問題がありますが、そんなの乗り換え方がたくさんあるはず。中越地震のときの教訓があるのかも知れませんが、阪神のときのあの人々の行動力はきっと今でも役立つはず。
建前か、本音かは別にしても、世界一マナーがよく、民度の高い国民として世界がこの苦難をどう乗り越えていくのか、注目しております。マスコミが伝えることでの国民の行動がとても重要になってきます。みんなで力を合わせて、今を乗り切っていきたいですね。頑張ってくださいね。
もし落ち度があるとしたら、それはすべてが終わってからでいいのでは?本当に必要な行動へと我々を導いていただきたいですね。あなたたちの誠意ある行動が、きっと素晴らしいドラマにぶつかるはずです。

自分の目の前の小さな考え方で物を言っているのは自分でもわかっています。でも考えて行動できる<幅>はたくさんあるはずなのは事実です。それが少し今思っていることでありました。すみません。

明日から連休となります。静かに世の中の動向を見つめたいと思っています。
本来横須賀の父のところへ行きたかったのですが、どうも、現時点では不可能のようです。どうなるかわかりませんが、1週間の延期を考えております。心配ですね。
海来君とのドラえもん鑑賞も、考えていた食事も中止となりました。静かではありますが、心も身体も休めて、連休を過ごしたいと思っています。
休み明けには、コム・ダビチュードのできることとして始めたことが少しでも結果になるよう、全力で仕事に望みたいと思っております。
お店も何が何でも頑張っていかなければ。

また明日頑張ります。      23時30分    t.k


今僕にできること・・・、始めます。
2011-03-13
3月13日      晴れ
テレビで流れる地震と津波に関するたくさんの情報があり、まるでまったく別の時代の出来事のような地獄絵を目の当たりにし、苦しい思いになります。
それでも我々は仕事し、生活をして行かなければならない現実もあります。
マグニチュード9.0という未曾有の巨大地震にみまわれ、ありえない状況にある中、僕はどこに心の置き場所を見つければいいか、考えております。
お店はものすごく静かで、今の今の結果と思いきや、午後、子供と一緒にスーパーまで行きましたが、その間の三宿通りの人通りはいつもの日曜日とまったく変わらず、レストランなどもとても賑やかでありました。
その辺の複雑な僕の気持ちは別として、心の中ではずっと何かを考えているような空気があるのですが、具体的に何を考えているのか、自分自身で分かっていないような感じです。
地震発生から3日目となり、海外からもたくさんの救助隊が到着し、自衛隊などの国内の救助隊もものすごく拡大されました。そうなれば、当然被害状況もどんどん明らかになってまいります。不幸にもその明らかになっていく情報が耳を疑いたくなるような悲しい、信じられないものばかりであり、現地はまさしく地獄絵と化していることを察しいたします。いちいちここでその状況を書くことではないですが、その中で、何が僕たちにできるのかをずっと考えております。
先ほども書きましたが、それでも僕はお店を営業して、生活をして行かなければなりません。それは皆さん一緒ですし、当然のことですね。そんな中、僕は大きな被害を受けていませんし、家族も元気です。また、明日からはじまる計画停電の予定にも入っていません。この計画停電の中には店舗もあり、夕方から夜にかけて停電を強いられる方々には本当に生活が厳しくなってしまう方たちも、この時代多いはずです。当然うちがそこに当てはまっていれば、存続を考えなければ、なんてこともありえます。<ラッキー>なんて胸を撫で下ろしている場合ではありません。
では、今僕にできること。今の時点で考えた結果ですが、明日から実行しようと思っております。

まずランチタイム。2940円以上のランチコースを召し上がっていただくお客さまからいただいた、料金の10%を募金金額として別にいただき、保管させていただきます。
そしてディナータイム。6300円のディナーコースを召し上がっていただくお客さまからいただいた料金の20%を募金金額として別にいただき、保管させていただきます。
明日からスタートして、まず1ヶ月間行います(最終的な期間は未定)。それを<コム・ダビチュードのできること>としてまとめて今回の被災地の受け入れ場所に送金したいと思っております。
受け入れ先というのはまだ未定です。現時点では知識がありません。
その募金に関しては、お客さまの前で募金箱に該当金額を入れ、途中経過、そして募金総額、送金先をこの日記で写真を持って公表いたします。
お客さまにおきましては、たとえば6300円のコースでしたら、その値段が変わるということではありません。その内訳として20%が募金にまわるということになります。
ホームページにもアップいたします。<レストラン>のところをクリックしてみてください。明日のお店の営業では準備が間に合わず、口頭でのご説明になってしまうかも知れませんが、明日より実施いたします。
また、カードでお支払いを予定されるお客さまに関しては、募金該当金額を現金でお持ち下さい。その金額を差し引いた金額でカード決済いたします。
この方法が正しい方法か、どうかわかりません。思い立ったことを実行したくて、始めることにしました。未熟であり、無責任な考え方であったら申し訳なく思いますが、これが今僕ができること。そう信じたいと思っております。
これを集客目的としたくはありませし、当然そのようなものではありません。が、よりたくさんの金額を集めることができたら嬉しいことです。そのことをふまえて、この実行に関して、しっかり自分の言動に責任を持っておこないたいと思っております。
金額はこんなお店ですから、大したことにならなのは予想できますが、それでも動かないわけにはいきませんね。今、僕ができること。明日から始めます。
ご興味がありましたら、お問い合わせ下さい。

絶対明日は今日より素晴らしいはずです。

また明日頑張ります。      24時00分   t.k

2011-03-12
3月12日     晴れ
一夜明けて、被害状況がはっきりしてその解決へと向うかという予想はどうも甘いことでありました。午前4時ごろには長野でも大きな地震。部屋の片付けを途中で終えて、少し寝なければなんて思っていた矢先に、とても不安な材料として眠りにつくのを遅らせてしまいました。
そんな中、昨日の深夜、娘と連絡が取れました。卒業式を終え、謝恩会を終えて、解散になるところで、地震が起きたようです。全員ホテルから一歩も出ることができず、会場となった場所で、ごろ寝だったようです。卒業式に保護者の方で参加した方は、一緒に缶詰状態になったらしいですね。
無事なことはわかっていても、声を聞くまではなんとなく心配でありましたが、よかったです。
父も無事でありました。今朝、施設の方と連絡がとれ、無事を確認しました。午後にはその連絡を聞いた父から、連絡があり、ようやく連絡がとれ、本当に安心いたしました。
甚大な被害です。津波の恐ろしさもあわせ、言葉を失うくらいの厳しい状況です。原発にも問題が起こり、言ったい日本はどうなるのであろう。なんて思えてしまいます。<日本沈没>の映画の一場面みたいなものを何度もテレビで見ましたね。
おまけに、生まれてこの方、一日にこんなに多く余震を体感したことが無かったものですから、身体が過敏に反応してしてしまい、常にゆれているような錯覚が起こってしまい、なんだか、とても落ち着かない一日でありました。と言う事は、被災地の方々にとっての不安は想像を絶するものであり、その中で、家族の安否がわからないなどと、深い悲しみも重なり、信じられない状況であることを察します。
海外でも太平洋を取り囲む国々では津波による被害があるようですし、どの国も厳戒態勢のようです。
事態は最悪であり、本当に映画の中の出来事のような会見があったりと今まで経験の無い出来事が続いておりますが、マスコミのかたがたも不安をあおるようないろんな機関への揚げ足取りをするのはすべてが終わってからにしていただき、政府や関係機関の方々と一緒になって、被害が少しでもすくなくなるよう努めて欲しく思います。また民放キー局の各局がそれぞれ情報の先取りを競争するかの様なあおりをやめていただきたいと感じました。統一した協力体制で、報道して欲しいですね。そのかなかで、役割分担としての、情報の種類を変えての区別などをしてもらえれば、それによって、知りたい情報を見ることができる気がします。どこのチャンネルを回しても同じようなことをしていて、あっちでは赤といって、こっちではいや青だ。なんてことばかりで混乱してしまいます。せっかくの民放が協力をして、統一した情報であればいいですね。
そして、テレビは今まで記憶に無い、二日間にわたるCMの無い特番でありますが、そんな意味ではただ情報だけではなく、被災した方々が少しでも心休まるようなものを流すことがあっても、僕は不謹慎だとは思えませんが、そうはいかないのでしょうかね。こんなことを書いたら、僕が不謹慎だといわれてしまうかも知れませんが、本当に求められているものは何なのかとなると、よくわかりません。確かに正確に捉えられなければ、不謹慎きわまり無いことになる恐れがあるのでしょうしね。
非難勧告とか、逃げてください。ではない、国としてのしっかりとした命令も大切ですね。受け止め方が様々なのは仕方ないのですが、この辺がしっかりしていれば、津波の被害ももう少し違った形で今日を迎えられたのでは?
とにかくいろんな思いが駆け巡ります。
いずれにしても、ダメな政府ではありますが、今はそれをたたく存在になるのではなく、それを支えるための情報、一人でも多くの人を助けるための情報に尽力を尽くしていただきたいですね。名采配は名サポートなくして成り立たないのは誰もが承知のこと。たとえ不本意でも今はしっかり国が一つに一致団結し、リーダーシップを取る人を支えなければならないことを自覚して欲しいと願っています。

東京を考えると、一つの答えが出てきます。昨日のテレビで、帰宅困難とか、帰宅難民なんていう言葉があったような気がしますが、帰宅するために自転車を購入して、都内の量販店の自転車が売り切れなんていうニュースがありました。
今日、中目のド○キに買い物へ言ったのですが、そこも自転車がほとんどなかったです。この事実はどう捉えて言葉にすればいいのかわかりません。そしてそんな事が多くあります。中目の量販店は今日もパニック状態。
耳を疑い、目をふさいでしまうような、壊滅状態を目の当たりにしました。
確かに今日、お店はすべてのご予約がキャンセル。そして壊滅状態。でもあの地震から一夜明けた今日の現実は決して壊滅ではないと、恥ずかしく思います。

でも明日が必ず今日より素晴らしくなるはずだ。その智慧と勇気と何よりも力があるはず。
みんな頑張れ!東北頑張れ!日本頑張れ!

また明日頑張ります。   24時00分

ありえない一日
2011-03-11
3月11日     晴れ
なんといっていいかわからない一日でありました。おそらく、この日記を書き出してから12年で初めての出来事であり、僕の経験としても初めてのことでありました。
ランチの最後のお客さまがちょうどお店を出ようとしたときのこと。地震は徐々に強くなり、それはそれはとても長い時間に感じました。揺れかたも独特で、イカダに乗って波の上にいるみたい。一瞬にして地盤が緩いんだ。なんて感じたりもしました。
僕はお酒のビンが倒れそうだったので、それを抑えていろいろ考えていたのですが、適切な行動が取れたか分かりません。身体が動きませんでした。あの程度でです。だた、その<あの程度>の地震でも、かなりの被害が出てしまい、お亡くなりになった方まで。
自宅へ戻ってみたんですが、ものすごいたくさんの本がつまれた本棚が倒れていて、それはそれは信じられない悲惨な状況になっておりました。キッチンでグラスやお皿が割れて、いろんなものが落ちていました。
幸いお店ではデキャンタが落ちましたが、落ちた場所がよく、割れることも無く、被害はありませんでした。
自宅はそれでも大変なことになっていますので、今日はおそらく、これからかなりの時間をかけて片付けです。
それでもこんなに被害が大きくなるとは思っていませんでした。テレビとラジオをつけておいたのですが、どんどん広がる被害に身体が止まってしまい、津波の映像は映画のワンシーンであって欲しいと願うほどでありました。
その被害はどんどん膨らみ、今現在も火災などものすごい状況のようです。仙台、岩手などでは何百人もの人が亡くなり、言葉がありません。この時間でも小学生や中学生が取り残されていたり、大変なことになっています。本当に言葉がありません。僕の片付けなどなんでもないことです。都内も、帰宅困難な方たちに場所を提供し、たくさんの人が帰宅できずにいるようです。
明日にはさらに被害が拡大していそうで、とても心配です。
何でなんだろう。この立て続けに世界中でおきている地震など。いったい何がダメなんだろう。何をしたんだろう。ずっと考えております。
今日は実は娘の学校の卒業式でして、そのことで社会人になる娘に少し日記を書こうと思っていたのですが、その娘も卒業式で、千葉の舞浜に行ってるはずです。ディズニーランドの駐車場がかん水したというニュースを見たのですがそのすぐ近くのホテルです。大きな事故になってる状況がニュースで流れたわけではないので、大丈夫だと思いますが、未だに連絡は取れません。九段では同じように卒業式の会場が大変なことになっていますし。とても心配ですね。
また、大津波警報が出ている三浦半島の海岸からものすごく近く(少し高台になっているところです)にいる父とも当然連絡が取れません。
海来君は防災頭巾をかぶって帰ってきました。とにかくどことも連絡がとれず、何より何より心配ですね。

三宿界隈は渋谷の方から歩いて帰宅する人たちで夕方からごった返しています。玉川通り沿いの道もすごい人です。ちょうど夕食時ということもあり、ラーメン屋さんとか行列だそうです。コム・ダビチュードもご予約があり、営業しました。大切なお食事会だったのですが、そのお客さまはお店に辿りつけませんでした。連絡もとれず、心配でしたが、遅い時間になってご連絡をいただき、安心いたしました。落ち着いたら、またお待ちしております。

午後、帰宅したときのあまりにも悲惨な光景にビックリでしたが、本棚の倒れたところの写真を撮りました。

本当に辛い一日でした。あまりにも無念が多すぎる。

どうか明日が、今日より素晴らしくなる智慧と勇気を持っていられますように。

そしてまだまだ続いている、津波、火災、そして余震・・・・、どうか無事でありますように。

犠牲になった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

また明日頑張ります。     24時10分    t.k





夢をありがとう
2011-03-10
3月10日     晴れ
本当に暖かいのか寒いのか分からない一日でありました。
いろんなことがありました。いや、いろんなことを考えました。
いろんなことの中で同じようなことって、よく重なるものです。
ずっと息子のことを考えておりました。坂上二郎さんがなくなったことで、父のことをずっと考えておりました。父より一つ年下で、同じ状況の中で、療養中。
父もたまたまおととい電話で話しをして、また入院ときき、偶然だけど、来週そっちへ行くよ。そのときまたいろいろ聞くよ。なんて会話をしたばかり。今、テレビはとても楽しみな娯楽の一つというか、テレビしか外界の情報が入らない中、テレビはとても重要なもののようです。そして楽しみの一つでもあり、テレビってすごいんだなぁ、なんて以前に思ったことがあります。健常で、何ひとつ不自由ない毎日の頃では絶対に思いつかないようなことを普通に考えられるようになってくるみたいで、テレビの訃報のニュースを見れば次は俺、みたな事をよく話しています。いやいや、人生はあまりにもいろいろで、どのように説明すればいいのか悩んでしまいますが・・・・・・。
父と息子というもを考えるとき、その時代の流れの中で、自分が父になって息子に思っていることが、自分が思われたことなのかというと、当然疑問になります。高度成長の時代に生きる昭和の男達の勢いはそれはそれは今の時代と比べることができるものではありません。そして、その是非はともかく、確実にそんな時代があったから、今があるといえるものでもあります。そんな時代のど真ん中で子供時代をすごしていたからか、父との接触なんてほとんどない。その昔、我が家はそれでも自営で、自宅が職場だったこともあるので、そんな接触をあまりしない父をそれなりにみてきた気もします。ただ、なんとなく今とは違いますよね。それをそのまま現代に持ち込めがおかしなことになってしまいますが、それでも、なんか、あの時代に僕たちが学んだことを活かしながら子供と向き合えないかなんて自問しながら、僕も子供達に叱ってみたり、遊んでみたり、笑ってみたりとしております。もちろんそこには答えなんて無いでしょうし、ただただ、毎日を真剣に取り組むだけのことなのですが。
あの時代の<無言の優しさ>に大人になって気がついたときのことを思い出し、わが息子はどんな風に大人になったとき、父、そして家族のことを思い、自分の家族に伝えていくのだろう。なんて考えておりました。
今、僕は息子と一緒にいろんな行動をともにしております。仕事の現場もものすごく観察しています。こんなにわかりやすいと、真髄に手が度とくことが逆に難しくなっていくのかも知れませんね。
そんな息子のことを考えていました。
一生懸命頑張ってやったことが報われない場を親として作ってはいけませんね。周りとの結果を比べるものではなく、彼が一生懸命に一つのことにぶつかったこと。それを悠々とそして堂々と胸を張れる男になって欲しい。なんて考えながらね。親バカですかね。
もちろん、驕りや慢心ではなく、謙虚に自分を見ながら、そして堂々と。
難しいですね。僕もできていないかも。まあ、いいか。

子供の頃、あの大好きだったコント55号。紅白の裏なんて言葉を作って、特番を組んだのも、僕の記憶ではコント55号が最初。
今のコントのきっと基礎みたいなものでしょうね。僕には分かりませんが。
よくいろんなところで使われて、<少しちがうだろ?>みたいなあの言葉。今日が一番ふさわしい。

<夢をありがとう!>

僕たちの人気者。坂上二郎さんのご冥福を謹んでお祈りいたします。

思いのまま、思いっきり活字に出来なかったのか、どうも子犬が自分の尻尾を追いかけているような内容になってしまいました。
よくあることですね。

また明日頑張ります。       24時15分     t.k